コロポックルの手帳

20代後半,独身,モテない,男が好きなことを書く.

GW旅行inタイ4~チェンマイ行き 夜行バス~

GW旅行inタイは3までは現地で書いていたが(3,カンチャナブリ編の一部に関しては下書きだけ保存していた),帰宅後にTプロジェクトの件で,土日もない多忙な毎日を過ごしたせいでさぼっていた.(時間がなくはなかったがやる気が起こらなかった)ここからは,写真をみながらの回想物語となってしまう.

 

4月29日(月)

18時 ビラムンガラ着

夜行バスの乗り場に連れて行ってあげるから18時にゲストハウスに帰ることになっていた.帰ると相変わらず人がいない.しばらく待つと今朝のおばさんじゃなくて昨晩のお姉さん?がシャワーの場所を教えてくれた.完全にスタッフ用の狭い一室で汚い(笑)!足元は洗濯物と,砂.狭い.足場なし.ただ,シャワーを浴びられるだけでありがたいから文句なんて言えない.

シャワー後はお姉さんが来るまでゲストハウスの1階で待つ.暑いのでシャワー浴びたのに汗まみれ.1階には旅行者もいるのにしゃびりかけられないコミュ障.白人さんはちょっと怖い.偏見ってのはわかってるけど.いつかヨーロッパも自分の目で見に行こう.

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何時だったか忘れたが,またお姉さんが迎えにきて夜行バスの乗り場まで.お姉さんはバンコクに住んでるし英語もしゃべれるのに,シティガールって感じでもなく東南アジアの素朴な感じの人だ.ビーサンですたすた何もしゃべらず,タイの夜道俺の前を歩く.そして現地の人は道路を横断するのがうまい.カオサン通りを過ぎた先で,

チェンマイには何日いるの?って”

”1泊しかしないんだけどまわれないかな”

”わからないけど楽しんでね”

みたいな会話だけはした.カオサンの夜は賑やかである.15分ほど歩くと夜行乗り場へたどり着く.通りにある旅行会社みたいなところですでにほかの客が抱くさんいる.みんな大体白人のバックパッカーで店には待つところもなかったので,受付だけ済ませてお姉さんとわかれて居場所もなく店の前の道でぼーっと案内されるのを待つ.

 

そのうちタイ人のスタッフがチェンマイチェンマイって言うから,それについていきバスに乗る.バスは2階建てで俺は2階の階段の前の席.隣はパツ金のねーちゃん.

コミュ障はろーも言えず...

ただ,席倒したいときにやり方がわからなくてワタワタしていたらパツ金のねーちゃんがやり方教えてくれた.惚れた.

コミュ障さ,さんきゅーは言えるぞ.

 

バスは少し遅れて出発.エアコン効いてるし席は結構倒せるみたいだし,かなり快適.タイに来てからずっとバタバタしてて,やっと安心したところでふと,大学院時代に自分がチューターやってたタイ人の女性を思い出す.彼女は自分が大学院1年の秋に入学して,日本に来てからの部屋探しや,携帯電話の契約など一緒にやってあげた.なかなかうまくいかず,3年で卒業できなくて留年している.ストレートでいければ昨年の秋に卒業であったといことを忘れていたことを反省すると同時に,時がたつ速さにちんこがしゅんとなる.今年の3月にうまくいけば半年留年で卒業であったのだが一切連絡していなかった.本当は気に掛けなくちゃいけないのに忙しいことと,卒業できていなかったらすごく嫌だという感情があって,連絡できていなかった.本人は日本が好きで,日本で何かを学びたくて来たはずなのに...多分そんな楽しい生活を送れていないことが,俺のせいではないことはわかっているが,なんか負い目を感じていた.彼女はお金持ちで留学をしに来ているからいいけど日本に来ている技能実習生なんかもみんな最初は日本が好きで楽園だと思って来るのではないかと思う.日本は外国人にとって楽園じゃない.東南アジアのかたに絶望されるのがつらい.まぁもちろん日本人にとっても楽園じゃないと思うけど.それはさておき,もし卒業できていてタイに戻ってきていたならご飯ぐらい行きたいなと,本人には確認できないので教授の秘書に連絡する.

留学生卒業できていなかった...今年の秋に卒業できなかったらこれでもう終わりらしい.今度連絡しなくちゃ...と思いながら夜行バスに揺られ寝る.

ただ,7月になった今も連絡できていない.連絡しなくちゃ...

 

バスは途中休憩所で休憩をした後,ずいぶん遅れて,北方のバラ,タイの古都チェンマイについた.