コロポックルの手帳

20代後半,独身,モテない,男が好きなことを書く.

プラチナ

津野米咲が逝った。

 

特別に好きなバンドは無いけど、赤い公園の音楽は本当に好きで新譜が出るのが楽しみだった。

また新しいボーカルがすごく良くて、これからがほんとに楽しみだった。

三浦春馬竹内結子の時と比較もできないような喪失感に襲われている。

 

特に好きだったアルバム、熱唱サマー。そのなかでも特に好きな曲、プラチナを今聞いている。

プラチナの指輪をはめた相手との逢瀬の歌で"時間通りの電車に乗りたくない"ので"曖昧に始まったしりとり"をふるのだが…

 

1番

缶酎ハイー磯辺揚げーゲゲゲーゲームオーバーバカみたいに喜ぶーブラッドタイプ

 

(ープラチナー)

 

2番

南南東ーうさばらしー潮干狩りーリフレッシュー夢から叩き起こしたータイムアップ

 

(ープラチナ。)

 

単語以外のところがしりとりになってること、プラチナで1番と2番目を繋いでること、そして最後は結局プラチナで終わっている(であろう)ことに気がついた。

曲も世界観も甘く切なく美しいのだけど、最後は"世界で一番冷たいプラチナ"に落ちてしまう残酷な曲だと改めて感じる。

ツラい。本当に哀しい曲を書く人だった。

 

片道切符でHEISEIを突っ走って逝ってしまった。

 

喪失感が大きくてなかなか立ち直れそうにない。

初めての海外一人旅 ミャンマー まとめ編

ミャンマー旅行まとめ 2020年5月23日

 

【旅行の背景】

どうしてミャンマーに行こうと思ったかは覚えていない.ただ,なんとなく社会人2年目で疲弊していて東南アジアのエネルギーを求めていたのかもしれない.そこで特に治安のいいと評判だったミャンマーにしたのではないかと思う.

旅行の2週間前にある事故がきっかけで目にけがを負う.怪我そのものは全く大したものではないが,目が血で真っ赤になり(網膜下出血),人にびっくりされるので眼帯生活を余儀なくされた.また,そんな事故を起こしてしまい心身ともに本格的に辛くなってきた中で,計画されていた旅行とはいえ半ばやけくそで成田を飛び出した.

 

【旅行の予定】

当初はヤンゴン(1日),マンダレー(1日)マンダレーバガン船旅(1日),バガン(3日),ヤンゴン(1日)みたいな感じで回ろうかなと考えていた.ゴールデンロックも行きたいとは思っていたが,日程的に厳しいと思っていた.出入国バガンヤンゴン間の航空券だけは取得していたのでそれにだけには合わせる必要があったが,逆にそれ以外は取っていなかったのでヤンゴンマンダレー間でいきなり予定が狂い,計画変更を余儀なくされた.下の行き先でゴールデンロック無しでバガンがもう一日長い予定であった.

 

【旅行の行き先】

2018年

12月28日 自宅~成田空港~ドンムアン空港ヤンゴン

12月29日 ヤンゴン~ゴールデンロック

12月30日 ゴールデンロック~ヤンゴン観光(シュエダゴンパゴダ,裏ヤンゴン等)~アウミンガラーバスターミナル(マンダレーへ)

12月31日 マンダレー一日観光

2019年

 1月1日 マンダレーバガン(移動のみエーヤワディー川下り)

 1月2日 バガン一日観光(オールドバガン

 1月3日 バガンヤンゴン空港~ヤンゴン国立博物館~ボータタウンパヤー

 1月4日 ヤンゴンヤンゴン空港~ドンムアン空港

 1月5日 ドンムアン空港~成田空港~自宅 

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【旅行の費用】

合計:246,099円(高い…)

初めての一人旅であったため,費用的なところは失敗が多い. 

 

1.交通費:145,712円

(1)航空券:143,712円

内訳

129,391円(①+③)+14,321(②)

 ①:成空~ドムアン経由~ヤンゴンヤンゴン

  12月28日  9:15 成田空港  ~     12月28日14:05 ドンムアン空港

  12月28日20:30   ドンムアン空港 ~ 12月28日21:10 ヤンゴン空港

  タイ・エアアジア

 ②:バガン・ニャウンウー空港~ヤンゴン空港

    1月  3日  8:30 ニャウンウー空港 ~ 1月 3日11:30 ヤンゴン空港

    ミャンマー国営航空

 ③:ヤンゴン空港~ドムアン経由~成田空港

    1月4日 17:35 ヤンゴン空港  ~ 1月4日 19:25 ドンムアン空港

    1月4日 23:45 ドンムアン空港 ~ 1月5日   8:00 成田空港

   タイ・エアアジア

 

(2)その他交通費:2,000円

 内訳

 約2,000円(①)

 ※ミャンマー国内での電車バス移動は少量であるので含めない

 

 ①:日本国内移動費

   家~成田空港(往復)

 

2.現地滞在費:93,238円

(1)カード払い宿泊費:18,713円

内訳:3,454円(1泊目)+2,398円(4泊目)+6,795円(5泊,6泊目)+6066円(7泊目)

(2)両替:32,000円

内訳

32,000円(両替)

(3)ツアー:37,249円

内訳:28,219(①)+9,030(②)

 ①:ゴールデンロック+ヤンゴン観光

 ②:マンダレーバガン間船

(4)その他カード支払い:5,276円

1,984円(エアアジア食事)+1,485円(ドムアンマッサージ)+829円(ドムアン食事)

+255円(スーパー買い物)+637円(ヤンゴン空港軽食)+86円(ドムアン水)

 

 

3.その他費用:7,149円

(1)旅行道具:3,240円

(2)旅行道具:3,909円

 

 【旅行の感想】

〇総評

初めての海外一人旅であったのでヤンゴン空港到着時は非常に心細かった.そんな中,気さくに話しかけてくるミャンマータクシードライバーに始まり,宿の人,町の人,ホテルの人,会うミャンマー人が自分を一人の人間として暖かく迎えてくれて,すごく幸せであった.日本にいたときに負った傷が南国ミャンマーで次第に癒えていくことを感じた.ミャンマー行った後は思い出で美化されていたかもしれないが,しばらくミャンマーロスになった.この国に尽くせることがあればしたいとすら思った.

旅行の面で言えば,まだ不慣れな面が多かったのでお金はかかってしまったが,できるだけ現地民と同じ食事をとる,夜行バスに乗るなど今までの自分ができなかったことに挑戦することができてよかったと思う.また,その土地に暮らす人の生活を見たり,コミュニケーションをとるというバックパッカー的な楽しみを知ることができてよかった.

初めての海外一人旅でミャンマーを選択したのは大正解であり,今後につながる旅ができたことを嬉しく思う.

 

今後のためそれぞれ思ったことを下記する.

 

〇よかったこと

・人に関して危険な目には一切会わなかった.(喧嘩はしたが).

・治安がいい.夜中に子供や女の子が出歩いている.

・最初の兄ガイド以外,チップをせがんでくる人がいなかった.東南アジアはフィリピンのイメージがあったのですごく以外で好感だった.

・とにかく人が優しかった.めちゃくちゃ助けてくれるし,チップを要求しない.素朴な感じの人が多い.ミャンマーのいいところは本当にこれに尽きる気がする.素晴らしい.

・一方でめんどくさいからみ方はあまりされなかった.

・お世辞を言える国民性が日本みたいだった.

・旅行客でも人にじろじろ見られない.日本人と大きく人種が変わらない.

・日本人旅行者はたまにいるが,多くはない.普通に旅行していたら一日に1.2回会うか合わないかぐらい.

・文化が特徴的で異国感がすごくある.タナカ,ロンジーはその好例.

・いろんなところで寄付をしている.

親日国だった.日本の中古車が大量に走っていて面白い.

・バイタクが快適だった.

・携帯電話の電波が非常に良かった.

・雨には降られなかった.

・飯がうまかった.

・飯屋が多く,食べるところに困らない.量も多い.

ミャンマービールが安い.

 

・英語が通じる人が多い.通じなくても,辛抱強く聞いてくれる.

・食堂で英語が通じなくてもどれ食べてもうまいからジェスチャーで何とかなった.

・美女が多い気がする.体にぴったりのロンジーを履いていて素敵.細身の人ばかりで太った人が少ない.

・おつりを渡すときの片手を肘に添えるしぐさがかわいくて惚れる.

・タナカ女子がかわいい.タナカの塗り方が人によって違うので見ていて面白い.

・中国人団体観光客がいない.

・ゴールデンロックは聖地だった.年末の激混みの時期を見られたのは逆にラッキーだった.

・ゴールデンロックに行くまでのタクシーの車窓も珍しく面白かった.

・ゴールデンロック行くまでのトラックがジェットコースターみたいで面白い.

・頭を地面につけてすがるように祈る祈り方が特徴的で感動した.

・夜行バスがすごく快適だった.

マンダレーのタクシーのおっちゃんが面白かった.

・エーヤワディー川川下りが素晴らしかった.特に早朝のマンダレー周辺は幻想的だった.

バガンはあれだけ遺跡があるのに,未開拓な感じが素晴らしかった.多分次行くときは大きく変わっていると思う.

・ボータタウンパヤー周辺の市場の活気がよかった.

地球の歩き方が薄くて携帯性がある(笑).

 

〇よくなかったこと

・空港のバス乗り場がわかりづらい.タクシーの1/10だからぜひ乗りたいのだが.

・交通マナーが悪すぎる.フィリピンより悪いと思った.実際一回事故りそうになった.

.夕方の道路が混む.ヤンゴン市街から空港もバスターミナルも遠すぎる.

・道路横断が怖すぎる.

・バスはどれに乗ればいいかわからない.

・みんなキンマを噛んでおり,それを道路に吐き捨てるため道路が汚い.

・宿泊費が高い.

・結構みんな当たり前にごみを捨てる.

・タイほどではないが,タクシーがぼったくり価格を言ってくる.

・ツアーが雑だった.もちろん,よく理解せずに行くのは悪いが,これしようあれしようと提案する割に時間が無くて結局できない.

・チャットがインフレすぎて混乱する.それを利用してか,ドルでチップを要求される.あとは,たくさん持ってると思ってもすぐになくなる.

・それなのに日本円が交換できないところが多い.

・外国人価格が多い.パゴダなど.

ビルマ語は覚えづらい.ありがとうを教わったが,すぐに忘れた.

・アウミンガラーバスターミナルはビルマ語ばかりでなんて書いてあるかわからない.ヤンゴン中央駅も.逆に旅行感でるからいいのかもしれないが.

・乾季でも暑い.一方でマンダレーバガンは朝は半袖では寒い.

バガンは道が悪い.

バガンの寺院に登れなくなっているのが残念.

 

・犬が怖い.すごく怖い.

 

 

〇反省点

・計画的に航空券をとるべきだった.もっと安くできたはず.

・grabやuberを使いこなせればもう少し旅が楽になったと思った.

 

・もっとローカルバス,電車を使うべきであった.

・兄ガイドとサイカーで裏ヤンゴンを周るとき,そもそも追加で料金を請求してきたことを抗議するべきだった.

・サイカーの追加料金の件でちょっと感情的になりすぎた.

・弟ガイドにはもっといろいろ聞けばよかった.とくにゴールデンロックではもっといろいろ確認できた.

マンダレーはチャリで十分だった.

・現金は計画的に管理するべきであった.

 

〇学習したこと

 

・海外で犯罪には気を付けてと言われるが,本当に怖いのは車と犬.

・常備薬やほかの必需品以外は基本なんでも現地調達で十分.

・宿泊先も当日取ればいい.

・バイタクの存在.

ミャンマーの文化・歴史

上座部仏教

・頭をなでてはいけないこと.

・屋台飯が最高なこと

・困ったら誰かが助けてくれる.

・ボディランゲッジで十分.

 

〇ほかに行きたかったところ

・インレー湖周辺

・バゴー

マンダレー周辺都市(ミングォン,ザガイン,インワ,アマラプラ)

・ニューバガン

・ボーヂョーアウンサン・マーケット

ヤンゴン環状線

・裏ヤンゴン奥地

 

特に,マンダレー周辺都市は機会があったらのんびり回りたい.

 

以上

初めての海外一人旅 ミャンマー8 ~日常への帰路~

2019年1月4日

 7時30分頃 起床

着替えてホテル内を散策する.

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結構おしゃれだが,新年にクリスマスの飾りがある雑さがミャンマーっぽい.

船内でミャンマーに来て初めてTOTOのウォシュレットを見た.ウォシュレットは使わない派だが,思わず用を足した(笑).

 

8時10分 朝飯

ホテルのレストランで朝飯.結構いろいろなものがあるバイキングだ.スタッフが配置されていて麺を1食分よそってくれる.手前のおかゆみたいなやつは食べ方がわからなくて,すごく味の薄いものになってしまった.

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8時45分 ホテルのデッキ

飛行機は17時35分.時間はたくさんあるので朝飯をゆっくり食べ,朝食会場の隣にある,船のデッキへ.出るときはわざわざスタッフが扉を開けてくれる.丁寧だ.

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正面.ヤンゴン川の下流方向でどちらかというと海の方向だが,調べてみたら正面にみえる水平線は,ヤンゴン川だ.

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進行方向左.ヤンゴン市街.手前の茶色い屋根が船へつながる桟橋だ.奥の方には高層ビル?マンションが見える.独特の色合いだ.

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進行方向斜め右方向.ヤンゴン川の対岸.たくさんの船が浮かんでいる.

 

10時30分 周辺散策

ホテル内をウロチョロしたり,部屋でのんびりしたりした後,部屋に荷物を預けて散策に出かけた.

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桟橋上にあったホテルとミャンマーの紹介.首長族がいたのか.

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ボータタウンパヤーの近くの歩道橋からボータタウンパヤーを撮影.写真右の大通りではボータタウンに入るため,車が無理に右折しようとしている.ミャンマーらしい.

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反対方向を撮影.中央にトラックが並んでいるのはなんでだろうか.左のマンションはぼろい.ただ,部屋にはほとんど人がいるようで,ベランダから傘のようなアンテナが出ている.ヤンゴンはイギリス軍支配時に綿密な都市計画によってできた街だそうだ.しかし,このマンションが戦前からあるなんて訳はないか.

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歩道橋の上を撮影.犬が寝転んでいる.ただ寝ている犬は怖くない.車を眺める子供と地べたに座る両親.歩道橋に寄り掛かるミャンマー人の観光客らしき人.ロンジー姿の傘を持つおじさん,タナカを塗った女性.座り込んで物乞いをする皮膚病の少年.中央を闊歩する白人.いろんな人がこの歩道橋を利用している.

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振り返りボータタウンパヤーを映す.ボータタウンパヤーの通りには立派な門がある.門の先は市場でにぎわう.昨日の夕飯は歩道橋降りてすぐの個所だった気がする.

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都南アジアの街並みだ.車が多く,雑多.電線がだらしなく,全体的にぼろいが,奥の方では建設もしている.

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道路で若者が球技をしている.だが,姿がミャンマー人らしくない.留学生の集まりか?地球の歩き方にはチンロンという球技が東南アジアでは有名だと書いてあったので,それかもしれない.車が多い.車だけ見れば日本だ.

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名張高校の自転車.自転車まで日本の中古.マンションの1階に固定されていた.

 

11時 ホテル発

11時頃に散策から帰ってきて,チェックアウトをしてタクシーを呼んだ.バスで行ってもよかったが,行き方がわからず面倒だったのと現地通貨が残っていたのでお金を落としていくことにした.飛行機の時間を考えると遠くまではいけないので,ミャンマープラザというショッピングモールでブラブラすることにした.飽きたら,プラザ近くのインヤー湖周辺を散策すればよい.タクシーを呼んでくれたホテルのスタッフは日本語を勉強していると言っていた.日本に来たことはあるかと聞くと無いと言っていた.そりゃあなかなかいけないかな.配車アプリでタクシーを呼んでいた.

 

11時30分頃 ミャンマープラザ着

写真は撮らずただ,ぶらぶらした.Japanese shopなる雑貨店があり,日本と言うだけでブランドになるらしいから大したものでなくても全部高いなと思って見ていたが,¥1,000の値札がつけられたままのMade in Chinaの折り畳み傘が半額程度だったで売られていて衝撃を受けた(笑).

レストラン街をうろつくと,きれいなおねーさんが外国人の自分にも笑顔でクーポンくれて嬉しかった.

ショッピングモールは涼しかったが,売られている家電類は当然だが日本と変わらない値段であまり買う気がしなった.

 

すぐそばのインヤー湖周辺を散策した.湖の周辺には芝生が整備されており,カップルが一定間隔を置いて座っていた.鴨川かよ!

インヤー湖の湖畔にはアウンサンスーチー邸があるらしい.軍事政権に軟禁されながらも活動を続け,ノーベル平和賞を受賞したスーチー氏であるが,どこかで読んだ記事では軟禁されていたのは豪邸で,今まで思ってきたイメージとは全然違ったと書いてあった.

イメージと実際は大きく異なることって結構ある.今この記事を書いている世の中は新型コロナ流行で緊急事態宣言が出されている.自分の場合は会社に行かずに在宅勤務をしている.結構快適に何事もなく過ごしているが,おそらく令和に生まれた子供たちが将来,2020年パンデミックでオリンピックが延期なんて過去の出来事を知った時,どのように過ごしていたのか衝撃を受けるだろう.震災の時だって,関東にいる分には意外と普通に過ごしていた.

と話は脱線したが,インヤー湖周辺は市民の憩いの場というにふさわしい少しおしゃれでのどかなエリアであった.自分の前を歩いていたミャンマー人の若者が,そこらに落ちているゴミをさりげなく拾って近くのゴミ箱に入れていたことが印象的だった.これからきれいな国になってほしい.道路に吐き捨てられたキンマの赤を見ながらそう思った.

 

どんなに素敵な旅でも,やはり海外旅行は疲れるものだ.一人で言葉がわからないところへ飛び出していく不安は気が付かないうちに大きなストレスと疲労を呼ぶものであると思われる.せっかくの最終日なのに,早く落ち着けるシェルター,空港に行きたいと思った.インヤー湖の前で流しのタクシーを拾い料金交渉してから乗り込んだ.敬虔な仏教徒が多いミャンマーでは車のルームミラーのところに仏像をぶら下げているタクシーが結構いるが,初めてそのタクシーに当たった.車にまで仏像を置いておく敬虔な仏教徒だからかわからないが,値段交渉はすんなりいき,運転は今までで一番丁寧な運転手だった.というか,何回もタクシーに乗ったが最終日の最後のタクシーにして初めて車線変更するときにウインカーを使用する運転手に出会い感動した.(当たり前のことなのに(笑))多分,車内に仏教グッズがある運転手は当たりだ(笑).

 

13時30分 空港到着

ヤンゴン空港への3回目の到着.だいぶ慣れた気がしたが,これでもうさようならだ.現金が余っていたのでささやかながらチップを渡して,タクシーを降りる.本当は,ミャンマーに来てすごくいい思いをしたことを伝えたかったが,英語がうまく出てこなかった.というのはいいわけで本当は照れて伝えられなかった.多少言葉がわからなくても,一番大事なのは伝えようとする気持ちだと思った.ミャンマーが特にそれを教えてくれたのに最後にできなくて悔しい.また来れるかな?なんて思った.目の傷は大分癒えてきていたが,すべて治ったわけではなかった.

 

13時50分 昼食

高い店が多くてミャンマープラザ周辺で食べずに来てしまったから空港で遅めの昼飯.結局もっと高い空港価格の昼飯だが,最後の出費タクシーが終わってしまえば安心だ.

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1年以上前の飯だから覚えてないが,からかった記憶がある.

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空港内にあった空港の模型(模型があるなら撮影していいだろ.政府の所有物撮影禁止とは言え).右側が新国際線ターミナルでこの時,いたところではないかと思われる.空港に一番近い側がタクシー乗り場でバス乗り場は空港から出ている橋(写真のグレーの構造物)を渡らないといけない.

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先ほどの写真の左側.こちらはおそらく国内線.バガンから帰ってきたときはここを使ったのではないかと思う.

 

空港に来て安心して気が抜けたからかもしれない.この後の記憶はあまりない(笑).

エアアジアタイの搭乗手続きを済ませて,出国して次に撮った写真が16時のものとなっている.搭乗手続きと出国に2時間もかかるとは思えないしそんな記憶も無いので,ダラダラしていたのかなぁ.行きは目を怪我していたから誓約書を書かされたが,帰りは特に何もなかった.行きよりは大分マシになっていた.

 

空港内の写真はやめておこう.広さのわりに店が全然なかった.今後店が増えていくのだろう.売店で余っている現金で紅茶の粉を買った.これが結構おいしかった.

 

16時10分 軽食タイム

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やることも無いので,ビールを飲む.

 

17時35分 ヤンゴン

飛行機の記憶はないが,初めての一人海外旅行で訪れたミャンマーの地を乗り継ぎ地のドンムアン空港を目指し発った.

 

19時25分頃 ドンムアン空港

1時間20分の短いフライトでドンムアン空港に到着.乗り継ぎのチェクインをして,誰もいない閑散とした空港内の通りで4時間後のフライトを待った.何か食べたとは思うが,記憶がない.ただひたすら,持ってきたのに全然読んでいなかった,宮本輝の”オレンジの壺”を熱中して読んだ記憶がある.混沌とした戦前にヨーロッパで時代に翻弄されながらも生き抜いた祖父とその祖父の足跡を巡りヨーロッパ,エジプトを旅行する佐和子に海外に一人でいる日本人としての自分を重ねた.そして4時間前であったので閑散としていた待合室も次第に人が増えてきて,久しぶりにこれだけの日本語に囲まれてを聞いてなんとも言えない気持ちになった.本を読んでいたらあっという間に4時間経過し,飛行機に乗り込んだ.海外旅行に行くたびに成田への帰りの便で日本語のアナウンスを聞き,毛布に包まれたような暖かな気持ちになる.

 

23時45分 ドンムアン空港

夜行便.通路側の席,隣はタイ人の若者二人だった.日本への観光ということで喜々とした感じであったのが日本人として嬉しかった.旅を終えた自分とこれから旅を始める人.機内では当たり前の構図ではあるのだが,不思議な気持ちになった.

 

2019年1月5日 8時 成田空港着

成田の朝は快晴でさわやかであった.ヒリリとした寒さの風が吹き付け,南国の温かさに羽を伸ばした心身が引き締まるようであった.成田駅でJR線に乗り換えるため,町を歩くと制服姿の女子高生が町中を歩いている.日本の日常だった.初詣に新勝寺でも行こうと一瞬思ったが,疲れていたし,考えてみたらミャンマーでたくさん参拝したので初詣じゃないことに気が付きやめた.あんなに参拝したのに,帰国すると自然とリセットされるのが不思議であった.それだけ,異国という地に行っていたのかもしれない.社会人2年目.かなり疲弊した状態で旅に出た自分であったが,なんとかまたやれそうな気がしていた.そして現地ではミャンマー人はかわいい人が多いと思っていたが,帰ってきて日本人の方がかわいいなんて思いながら,ホームに来たJR線に乗り込んだ.

 

初めての海外一人旅 ミャンマー 完

初めての海外一人旅 ミャンマー7 ~感傷のボータタウン・パヤー~

1月3日

1月2日の大冒険の反動か,この日の午前中は正直あまり覚えていない.

 

5時30分頃 起床

6時10分頃? 宿発

撮影した写真の時間を見ると早めに出発したようだ.宿の朝飯は食べなかったと思う.

タナカを塗った宿のスタッフがかわいい.ミャンマー人の,おつりを渡すときに右手の肘に左手を添えるしぐさがすごく好きだ.なぜか,それは覚えている.

タクシーを呼んでもらい,空港を目指した.

 

6時30分頃 バガン・ニャウンウー空港着

大分前に着いた記憶がある.小さい空港だったが,早朝だというのに既に空港には人が並んでいた.

 

6時50分 チケット発券

いくつか航空会社があって,その一つだけに人が並んでいたから自分もてっきりそれなのかと思っていたが,よく見ると人がほとんど並んでいないミャンマー国営航空だった.列に並ぶことなく,チケットを発券する.

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まだ手荷物検査を受けることはできず,乗る飛行機がアナウンスされたら手荷物を受けてくれと言われたので,大人しく席で待つ.この時に接客してくれた男性がものすごく丁寧だった.海外の空港で不安そうな顔をしていたためか,アナウンスの時にわざわざ自分のところまで来てくれた.ありがたや.

 

手荷物検査を済まし,待合室で待っているとやたら日本人が多い.昨日のバガンの観光では一日で日本人は数人しか見なかったが,ここに来てこんなに日本人がいたのかってぐらい日本人がいた(とは言え10人程度だが).ミャンマー人はヤンゴンまではバスで行くのかな.

 

8時15分頃 搭乗

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小さい空港なので,待合室から直接飛行機へ移動する.f:id:yaseinoosamu:20200503225330j:plain

小型機だ.窓側の席.ミャンマー人CAはすらりとして美人だった.

 

8時30分頃 飛行機離陸

ほぼ定刻通り飛行機は離陸.チェックイン手続きの時に言われた気がしたがやはりその通りで飛行機はマンダレー,ヘーホーを経由してヤンゴンに行く.バガンの地を発った飛行機はほんの数十分程度で自分が2日前に1日かけて川下りをしたバガンマンダレー間を飛行し,降りる人だけ降りて再び出発する.バスみたいだ.今まで乗った飛行機の中で一番フットワークが軽かった.滑走路に立つと飛行機はすぐに出発した.ヘーホーは後で調べるとインレー湖の最寄りの空港だ.インレー湖はまた違ったミャンマーがあるらしい.それは,自分が愛するミャンマーの素朴な面を強調したようなものらしい.近い将来,ぜひ行って見たいものだ.ヘーホーまでは隣の席には誰もいなかったが,韓国人が乗ってきた.お互い軽く頭を下げた.韓国人とミャンマーで会ったのは初めてな気がする.ただ特に何かを話すわけではない.ヘーホーを出て食事が用意される.よく覚えていないがパンケーキみたいなものだったと思う.ヘビーだったようなことを記憶している.

 

11時30分頃 ヤンゴン空港着

空港に到着したときの記憶はなぜか残っていない.ただ,いい時間だったので町に出る前にヤンゴン空港でお昼をとることにした.

 

11時50分 昼飯

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これはおそらく,ミャンマーのシャン地方のシャンヌードルというやつだ.あっさり目でおいしかったような気がする.ご飯を食べ終わって,バスでヤンゴン市内へ出ようと思って,店員のお姉さんに行き方を聞いてみる.お姉さんは優しく行き方を教えてくれるが,自分がいまいち理解できない.言葉だけではオーバーゼアがどこだかわからない.そこで,お姉さんはお店の少年をわざわざ仕事中なのに派遣してくれて,その素朴で優しそうな10代後半ぐらいかな?の少年に連れられてバス乗り場へ行く.

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バンコクからヤンゴンに着いた時にはわからなかったが,バス乗り場はタクシー乗り場のさらに向こう側のレーンにあった.確かにオーバーゼアだ.わざわざここまで来てくれた彼にわずかながらチップを渡そうとしたが,固辞する.無理やりチップを握らせてありがとう!と言いバス乗り場で待っていると10分程かな?でバスはやってきた.これでいいのかなときょろきょろしていると,さっき別れたと思っていたその青年は何も言わず,自分の後ろでバスが来るのを待っていてくれたらしく,たまたま目が合うとジェスチャーでこれだよと教えてくれて,さらにこちらに近づき,自分の隣にいたミャンマー人に彼はスーレーパヤーまで行くからよろしくみたいなことを伝えてくれた.仕事はさぼっているが,めちゃくちゃいい人だった.感謝.

 

12時30分前 バス出発

バスに乗車すると,入り口で料金を払い席に着く.料金は一律だった気がする(地球の歩き方には500チャットと記載).タクシーの1/10ぐらいか.激安だ.バスは混んでおらず,日本のバスと雰囲気はかわらなかった.1時間後ぐらいに終点のスーレーパヤーの前で降りる.本当は途中で降りたかったが,バスに乗るとき案内してくれた彼が,同じバスに乗っていた人にスーレーパヤーと言っていたから途中で降りたら止められると思ったことと,途中で降りる方法がわからなかったからだ.とは言え,その彼もスーレーパヤーの前で降りてしまったが.

 

13時30分頃 スーレーパヤー着

ホテルに行くのも早い.やりたいことはそんなになく,やっぱりバガンと比較してもヤンゴンは暑かったので室内に行こうと思った.そこでタクシーを捕まえて,国立博物館に行った.

 

14時 National Museum着

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入り口で荷物を預け軽くボディチェックを受け入館する.

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チケット.5000K.結構広い博物館であることを考えると良心的な値段だと思う.地球の歩き方によると日本語のガイドもあるらしかったがこの時は知らず利用しなかった.

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地球の歩き方にもあるが,メインの展示品はライオンの玉座で1階にある.チケットにもでかでかと映っている金の玉座である.地球の歩き方によると,ここにあるものは8つあった玉座のうちイギリス軍のマンダレー攻撃の際に持ち去られた1つで,他の玉座は火事で焼失したが,この一つはイギリスにあったため難をのがれたと記載されている.ただし,パンフレットを読むと,元々9つあり(そのうち2つはほぼ同様の造りであるため異なる種類として数えると8種),博物館に展示されているのはカルカッタの博物館に展示されていたものが,1948年の独立の際に返却された.ほかの8つは第二次世界大戦で破壊されたという記載になっている.若干異なるが,こんなでかい玉座をイギリスまで持ち帰るのは不可能な気がするから,当時のイギリス領カルカッタに保管されていたということをイギリスに持ち帰ったと地球の歩き方には記載してあったのだろう.ただカルカッタでも十分おかしいと思えるくらいライオンの玉座は大きく立派で,非常に見ごたえがあった.

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さらに進むと前日まで見てきたバガンの展示があって興味深かった.

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博物館は全体的に暗く,エアコンもあまり聞いていなかったような気がする.イメージとしては古びた小学校の校舎みたいな感じで人は少なくエスカレーターはなく,階段で上がることになる.しかもパンフレットにはFourth Floorと書いてあるが,実際は1FがGround Floorと書いてあるから確か5階だ(笑).
エンターテイメント性は皆無だからじっくりと芸術品や歴史と向き合いたい人に向いている(笑).自分はというと3階か4階に展示されていた絵画にやたら取りつかれてしまって,かなり夢中になって見ていたら閉館時間ギリギリの時間までいてしまった.なんか,日が傾くのと一緒に館内も雰囲気暗くなっていき,夕方の小学校にいて今日が終わってしまうから早く帰らなくてはと焦るような,ノスタルジックな雰囲気に襲われた.

残っていたのは自分と同じで熱心に展示品に見入っている格好からして日本人ぽい,しかも同世代ぐらいの人だった.ロンジーにアロハシャツをあわせた恰好が観光客間丸出しでしかも似合ってなくて,せっかくの日本人だったがなんか自分を見ているようで嫌になり話しかけなかった.

 

16時30分 National Museum発

宿の近くのボータタウン・パヤーをタクシーで目指した.宿はビンテージラグジュアリーヨットホテルである.最終日であるので若干豪華なところにしようと思って,Booking.comを見ていてここに即決した.定位置に固定された豪華?客船の客室をそのまま宿にしたような変わった宿であった.

 

16時45分頃 ボータタウン・パヤー着

タクシーをボータタウン周辺で降り,宿に寄る前にボータタウン・パヤーへ.ここらはボータタウンと呼ばれている.てっきり川の近くだからBoat (town)からきているもかと思っていたが違った(Botahtaung).2500年も昔にインドから釈迦の遺品を持ち帰った8人の僧侶の護衛1000人の兵士を意味するらしい.ボータタウン・パヤーはそんな2500年前の仏陀の遺品が安置されているという歴史深い仏塔だ.だから,入館料も6000Kと若干高いし,入場する際に歴史が書かれた立派なパンフレットがもらえる.

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入り口はミャンマー人と外人用に分かれているが,最初間違えてミャンマー人の方に行ってしまい,さすがに止められた(笑).

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絶賛修復中だ.ほとんど覆われていて,仏塔は頂部しか顔を出さない.それでも,跪き一心に祈る老夫婦.

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老夫婦の向こう側でも若い女性が祈っている.
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カップルが歩いている.女の子のほほのタナカがとてもかわいい.

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黄昏時

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外国人旅行客に写真を撮られてポーズを決めるかわいい赤ちゃんとほほえましく見守るお父さん.おでこのタナカはミッキーか?

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きらびやかな仏殿と祈る人々.

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夕暮れのボータタウン・パヤー.2500年以上前に起源を持つこの仏塔では今も変わらず市民による生活が送られていた.日陰で風を感じながらゆっくり過ぎる時間を感じた.

オレンジ色がかった空に浮かぶ白い雲と相まって,ここでも非常にノスタルジックな雰囲気を感じてしまう.感傷的な気持ちになるのは旅も終わりが近づいてきたからだろうか.

 

17時20分頃 ボータタウン・パヤー発

地味に楽しみにしているビンテージラグジュアリーヨットホテルに向けて出発する.ボータタウンは露店,屋台がたくさんあって賑やかだ.その人混みを縫うように歩き,ホテルに向かう.

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ホテルは写真に写る船だ.

 

17時30分頃 ビンテージラグジュアリーヨットホテル着

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めっちゃおしゃれだ(笑).窓の向こうはヤンゴン川.

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樽の冷蔵庫.

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ヤンゴン川の夕日.しばし客室の窓から見える景色にみとれた.ヤンゴンの地平線に落ちる夕日とそれを背にヤンゴン川で漁をする市民たち.昨日見ることができなかった瞬間を意図せずここで見ることが来た.

 

スマホの通知が来る.2時間30分進んでいる日本で行われている,高校の頃の部活の新年会が盛り上がっているようだ.二次会会場を探し回る酔っ払いたちのグループLine.二次会会場を押さえた連絡をする真面目な自分の同期.酔っぱらって一次会会場からはぐれたけれども二次会に行きたい先輩.高校のころから上下問わず人に恵まれた.もう卒業してから8年経つのに,メッセージを見ただけでそれぞれのやっていることがなんとなく想像できてしまう.みんな変わらない.遠いヤンゴンの地で一人ほほえましく思った.俺も行きたかったなぁなんて思いながら,既読にする.

 

18時 夕飯を求めて外へ

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ライトアップされているホテル.

食べられそうな屋台を探してふらふら外を歩く.ボータタウンは賑やかでいい.ボータタウン・パヤーの前あたりで入りやすそうな屋台を見つけ注文する.店のおばちゃんは英語が通じなかったが,鍋に入っている具材を指さして注文した.息子っぽい男性は英語が話せたので,ここで食べていいかと確認し,べた椅子と小さなテーブルで作られた簡易的な客席で飯を食べる.

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ミャンマーカレー.ボータタウンは大河沿いだから屋台にはどこも海産物が置いてあってその中でもどうしてもエビが食べたかったので,エビを入れてもらった.超美味!本当にミャンマー料理はまずいなんて言ってる人が許せない.

 

量がちょっと少なかったので,屋台で何か買っていこうとまたぷらぷら歩く.

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東南アジアって感じのエネルギーだ.元々こうゆうところは怖くて苦手で,出来れば夜は出歩きたくなかったのだがこの旅はそんな自分を変えてくれた.ちゃんと危険かどうかを見極めていることが大事なのだ.もちろんそのうえで出歩けない判断されるところもあるのだろうが,少なくともボータタウンの市場ではそんな雰囲気は一切感じなかった.女性も子供も出歩いている.

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屋台で売られる海産物.

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ここでは,手前に並んである商品を目の前で焼いてくれる.奥の屋台で食べてもいいが,ビールが飲みたかったのでテイクアウトすることにした.

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シュリンプテンプラ.テンプラが海外でも通じることを初めて知った.200円弱

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ビールをコンビニで買って完成.宿で一人新年会を開催!エビのテンプラには東南アジア特有の赤いソース(今調べたら”ナムチムガイ”というやつか?”シラチャーソース”か?)が付いていて甘辛で非常にうまい!

 

こうしてミャンマー最後の夜に一人で新年会を開催した.新年会でもあり,ミャンマーサヨナラ会であるとも言える.次の日は夕方の便でタイに向けて出発だ.

 

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一日の移動.チェンマイが近い.こう見るとミャンマーはタイと比較してかなり北にあることを実感する.

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ヤンゴン詳細

初めての海外一人旅 ミャンマー6 ~バガン 自転車でどこまでも~

 2019年1月2日

6時30分頃起床

朝飯が付いていたので,宿の屋上に行き朝飯を食べる.

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セルフサービス.安宿だから屋上とは言えそんなに高くないが,外での朝飯は気持ちいいもんだ.食後,そのまま帰っていいかわからなかったから,食器を戻したらスタッフが恐縮してた.ミャンマー人純粋で好きだ.

 

7時50分 ニャウンウーの宿(インワモーテル)出発

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今日の相棒.宿で借りた.バガンを周れるのが一日しかなかったので,なるべく多くの時間を周りたいということで早めに出発.Eバイクというスクーターもあるらしいが,運転方法がよくわからないしたまにバッテリーが切れるらしいので自転車にしておいた.

自転車で走っていると,必ずクラクションを鳴らされるが,いやな感じはしない.ミャンマー人にとってクラクションはあいさつみたいなもんだからな.日本だったらすごく嫌な気分になるが.

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少し進むと,すぐに遺跡が見えてきて思わず自転車を止める.まだオールドバガンの門すらくぐっていない.地球の歩き方にも書いていない,そんな遺跡が点在しているのがバガンだ.どこの寺院も地元の管理人がいる現役の仏教施設らしい.写真奥に見えるのはシュエジーゴンパゴダだ.宿に近いので今日の最後に周る.写真手前にも名もなき遺跡が映る.

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名もなき寺院.(あるのかもしれないが...)色合いと,奥が見えない黒く見える入り口に埴輪みたいな不思議なエネルギーを感じる.

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地球の歩き方にも載っていない寺院.珍しくてしばし眺めていると,バイクで現れたミャンマー人に声をかけられる.

「グッドモーニング.中見るかい?」

寺院の建物の入り口には柵があり,南京錠があった.それを彼が外し,中に案内してくれた.うっかり土足で入ったのだが,彼が入り口で靴を脱ぐんだと教えてくれた.

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中にはブッダがいるが,補修中である.自分を招き入れた彼が言うには,何年だったかの地震で壊れたそうだ.(今調べたら2016年の地震だと思う.ほかの寺院もこの地震で損壊して補修中のところが多かった.2年以上前の地震でも補修中なんて...世界遺産にもなったことだし,ちゃんと補修するための資金が供給されることを祈る.あと,この寺院のブッダの手の上に,本来もう一つのブッダの顔が置かれているようであるが,この時はなかった.)

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天井の様子.彼は何者かはわからぬがこの寺院の管理人のようだ.上手な英語でこの寺院の説明をする.そして,寺院の説明が終わったところで,持っていた砂絵の説明を始める.彼の商品だ.始まった.やっぱりそうだったか.そう思って,申し訳ないが買う気が無いことを伝えると,

「わかったよ.しょうがないね.来てくれてありがとう.」

と言った.思っていたのと違っていてびっくりした.てっきり,ぐいぐい来る感じかと思ったから.最初にいろいろ丁寧に教えてもらったのが嬉しかったからチップを渡そうとしたら,

「いやいやいいよ.ここはお金がかかるところではないから!」

って言って固辞した.とても気持ちのいいやり取りで朝から幸せな気分になった.ミャンマー人はほんと素敵な人が多い.

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外も立派な装飾だ.手前に映るのは管理人さんのバイク.

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オールドバガンへの道の途中で撮影.ミャンマー人が観光している.

 

8時30分 タラバー門着

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途中寄り道したのでニャウンウーから30分以上かかった.地球の歩き方によると9世紀に築かれた城壁の名残.ここから先が,いわゆるオールドバガンで考古学保護区であるそう.ここからは基本は地球の歩き方のモデルコースに従い観光する.最初の寄り道もそうだが,バガンは名もなき遺跡が多すぎてすべてを見ていたらとても時間がない.とりあえず最初はブーパヤーを目指す.

 

8時45分 ブーパヤー着

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今まで見たことないような形の仏塔が目印.地球の歩き方によると7世紀から8世紀ごろに建立したとのことでバガンでも相当古い寺院だ.

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当たり前だがここも裸足.9時前だが多くの人でにぎわっている.奥に大河エーヤワディーが映る.ブーパヤーはエーヤワディー川の目の前の崖にそびえている.川から見てもきれいなんだろうな.

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大きな川だ.

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ブーパヤーから一段下がったところ.

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下から仏塔を撮影.青空に金色の仏塔が映える.そういえば,ミャンマーで一度も雨に降られなかった.乾季って偉大だ.
 

8時50分過ぎ ブーパヤー発

ブーパヤーは小さいので見るのに時間がかからない.写真で時間を確認したが,10分ぐらいしかいなかった.

ブーパヤーを出てすぐの舗装されていない個所を自転車で走っていると,斜め前から犬二匹が吠えながらこちらに迫ってくる.

”ガオッ”

こう吠えたのは自分である.数か月後のタイで犬に襲われたときもそうだったが,犬に襲われる度に自分はこんな声を出すんだというのは新たな発見だ.心拍数は爆上げだが,なんとか威嚇して犬を追い払う.この時は自転車だったので少しは気が楽だったが,歩きだったら怖かった.背中を丸めて斜めに走ってくる犬の怖さよ.イヌコワイ.

 

 

9時 マハボディ人着

どこかで聞いたことある名前の寺院だ.実際地球の歩き方にはインドとのつながりを示すと書いる.そうだ,ブッダガヤの大菩提寺だ.釈迦が悟りを開いたところだ.境内はブーパヤーと違い閑散としていて人が少ない.地球の歩き方のおすすめ度も星2つ(Maxは3つ).ただし,仏塔の造りは精巧で美しい.

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荘厳な造りであるため写真で見ると大きく見えるが,実物を見ると意外と小さいと感じるかもしれない.(この後訪れる寺院がでかすぎるってのもあるが...)

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中にいる黄金のブッダ.鼻がでかい(って言ったら失礼か(笑)).

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敷地は広くないが中央の仏塔のほかにも仏塔がある.写真の仏塔はミャンマーではあまり見なかったタイプの仏塔.(ミャンマー旅の一年後のブログ執筆後に行った(2019.12-2020.1)スリランカにはたくさんあった気がする.)説明が書かれているが,ビルマ語で読めない.

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他にもこんな遺跡が.英語の表記もある.

”4週間ブッダは宝石の家で過ごした.菩提,瞑想...”英語力が無いからよくわからない.多分,釈迦が悟りを開いたときのことを説明しているのだろう.”Bodhi(菩提樹)”はスリランカにはたくさんあったが,ミャンマーにはなかったな.そう言えば.

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中央の仏塔と青空.鳩が多い.

 

9時10分 マハボディ寺院発

自転車を止めたところで地元のお土産売りのおばちゃんにつかまる.まず,目の心配をされる.優しい.でも商品を買う気はないので早々に断り,次の寺院を目指す.

 

9時15分 ゴドーパリィン寺院着

オールドバガン内(特にブーパヤー周辺)は遺跡が密集しているので過去の写真から時間を確認すると5分刻みのスケジュールだ(笑).これだけ密集しているのだからもしタクシーで回ろうとしているならばお金がもったいないと思う.

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道にこんな案内がある.

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地球の歩き方によるとバガンで2番目にでかい寺院.でかい...上の塔は1975年の地震で崩壊してしまったが修復済み.55mあるようだ.1174年から1211年にかけて作られた.40年近くかかったのか.考えてみたら日本では鎌倉時代鶴岡八幡宮なんかがこれと同世代の寺院ってことか.そう考えると,規模や装飾は考えられないくらい素晴らしいな.頼朝さんとか北条さんがこの時代にミャンマーに来たらどう思ったろうか.この寺院もそうだけど,バガンの寺院はアジアンな感じではなく,ヨーロピアンな雰囲気を感じる.それは石造であるからってだけではなく,質素な雰囲気を醸し出す日本やアジアの寺院と異なり,荘厳できらびやかな雰囲気を持っているからだと思うが,不思議で興味深い.そのためなのか,あくまで仏教寺院であるのに,キリスト教を感じる.

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寺院のアップ.どこまでも澄み渡る空と,精巧な建築美.全体が白色であるのに対して塔のてっぺんだけが金色であるってところが美しい.お城みたいな感じがするが,構造はおそらく1層(1階)しかないのではないか?つまり,上の方はすべて飾り.

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正面に鎮座するブッダ.なんとも言えない表情をしている.よく見ると,大部分は消えてしまっているが,後ろは壁画になっているのだ.ブッダの前には祈るミャンマー人.ドネーションボックスは札束でいっぱいだ.

寺院の建物内部は基本的に四方にこんな部屋があり,その部屋を廊下がつないでいる.当時は気が付かなかったが,今改めてGoogle earthを見るとほぼ,東西南北に合うように設置されているので,東西南北にそれぞれ入り口があり,上の写真のような部屋があることになる.(あくまでほぼ東西南北.若干ずれている)

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部屋と部屋をつなぐ廊下.雰囲気がよい.千と千尋の神隠しのエンディングみたいだ.写真奥の角を曲がると,

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ブッダ.部屋と部屋の間の廊下にも小さな空間があり,そこに部屋に設置されているブッダよりもワンサイズ小さいブッダがいた.床の模様がおしゃれ.

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それぞれの部屋に設置されているブッダは表情が違う.何か意味があるのだろうか?

9時30分過ぎ ゴドーパリィン寺院発

ダビィニュ寺院を目指す.考古学博物館の横の舗装されていない道を犬にビビりながら通る.

少し自転車をこぐと,大きなダビィニュ寺院が見えてくる.今度は正面から人が声をかけてくる.どうやらここに自転車を止められるよと言っているようだ.東南アジアの観光地でよく自転車をこいでて,

”おーいここだよ.”

みたいな感じで自転車を止める場所を言ってくる人は無視するのが,一番いい.なぜなら必ず最後は商売の話になるからだ.まぁ,別に断ればいいんだけど.

ということもこの時はあまり知らず,とりあえず手を振ったおばちゃんの前に自転車を止める.ダビィニュ寺院の手前のナッラウン寺院という寺院の目の前だ.写真撮ってあげるというので,スマホを渡して撮ってもらうことに.

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ダビィニュ寺院と僕.

さらにおばちゃんは”黄色い本”持ってるか?って聞いてくる.素直に”地球の歩き方”を見せると慣れた手つきで,ナッラウン寺院のページを指さす.そして,勝手に見る予定の無かったナッラウン寺院のガイドを始める.これはチップパターンだと思いながらも,ちゃんと英語で丁寧に説明してくれる.おばちゃんについて小さいナッラウン寺院の中に入る.

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おばちゃんはこれを指して,

”シッタ”

みたいなことを言っていて,その時はわからなかったので自分は”??”って表情していた.おばちゃんは”シッタ”知らないの?みたいな感じであったのだがあとあとよく考えてみると,ゴーダマシッダールタ(釈迦)のことだ.

よく知らなかったが,仏陀→悟りを開いた人(不特定),釈迦→ゴーダマシッダールタ(特定)らしい.ということを今学び,記事の上の方に書いたマハボディ寺院の記載を急いで変更した(笑).

ナッラウン寺院は地球の歩き方によるとバガン唯一のヒンドゥー教寺院らしい.仏教寺院では仏陀だが,ヒンドゥー教寺院では釈迦個人を祭っているのだろうか?

(ただし,地球の歩き方を読むと,”シヴァ神”と書いてあるので,おばちゃんは”シッタ”ではなく,”シヴァと言っていたのかもしれない.”)

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ナッラウン寺院自体は小さく,外壁,柱,中央の柱で構成されている.中央の柱に像が彫られている.1年以上前のことなのでおばちゃんがなにを教えてくれたか詳細は忘れたが,建物の中で突然鳩が飛び出してきた時咄嗟に,

"Pigeon!"

と,ちゃんと観光客相手にビルマ語じゃなくて英語でびっくりしていたのがかわいらしかった.

 

ナッラウン寺院を出ると,チップだと思っていたのだが,店に寄ってかないか?だった.結構がっつりガイドしてもらったしチップでもいいかなと思っていたところであったが,お店によってちょうどサンダルが欲しかったのでサンダルを買うことに.お店と言ってもナッラウン寺院の目の前のかわいらしい露店だ.

最初は8000チャットって言われたが,半額まで値下げ交渉して4000チャットでサンダルを買った.おばちゃんはちょっと不満そうだったが応じてくれた.今まで靴を履いていたので,さっそくサンダルに履き替える.その様子を見ていたおばちゃんは,商品を買った後なのに,サンダル用のやつではなくわざわざ靴を入れるための大きめの袋に変えてくれた.商売が終わった後も優しくしてくれるのが,ミャンマー人のいいところだ.そして,一緒に目の前の止めておいたチャリンコのところに行き,持ち歩くと荷物になるからと言ってチャリンコのハンドルのところに,靴の入った袋を固く縛り付けてくれた.まるでお母さんだ(笑).

”これでOK!この自転車と靴は見ておいてあげるから,お寺を見てきな”

と言われ,チャリンコをおばちゃんの店の前に残し,ダビィニュ寺院見学に行く.

 

10時 ダビィニュ寺院見学

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ダビィニュ寺院.バガンで最も大きいらしい.荘厳.ただ,上の方が改修中だ.あと,毎回思うが写真が下手だ.数枚とった中で最もましなやつ.

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よく覚えていないがダビィニュ寺院で撮影した写真は外観以外にはこのピンボケ写真だけ.なんでだろう.ダビィニュ寺院の呪いか(笑).

10時15分 ダビィニュ寺院発

今となっては記憶にないが,この寺院も10分程で立ち去り,おばちゃんの店の前に置いた自転車を回収に.

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おばちゃんの店の前の装飾.樹に手作りの飾り物を垂らしているのがかわいらしい.映っていないが写真より左側におばちゃんの店があり,その隣の写真の左に写っているのはおばちゃんの店の隣の店の女性.なぜ祈っているのかは不明.明らかに自分に向かって祈っているように見える.

さっきのおばちゃんにありがとうを告げる.何歳って聞かれて26って答えると,10代かと思ったと言われる.なんで?だけど隣の上の写真に写っている女性は

”How many babys do you have ?”

って聞いてくる.独身じゃ!若く見えるのか,おっさんに見えるのかどっちなんじゃ.自転車から手を振り二人と別れる.そしてシュエグーヂー寺院を目指す.

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ダビィニュ寺院の近くから撮影したシュエグーヂー寺院.すぐそばだ.

 

10時20分 シュエグーヂー寺院着

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シュエグーヂー寺院外観.

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中の様子.黄金のブッダが美しい.そしてお供え物をして,跪いて祈る人に信仰心を感じる.

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小さいが黄金で美しい像だ.

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おそらくこれはシュエグーヂー寺院のテラスから撮影した写真で,ゴドーパリィン寺院を撮影している.バガンは一日で大量の寺院を周ったので,記憶が薄い.この写真も地球の歩き方にテラスに登れると書いてあったので,撮影時間とその記述からそこから推測した写真だ.せっかく時間をかけて異国を旅したのに,一年間で記憶が薄れてしまうのは悲しい.だからこそ,文章にして記憶を残したい.書きたい旅行の記事は10以上にたまっているが,なかなか書く暇もない.書く時も一記事10時間ぐらいかかるし.(この記事は最終的に3か月ぐらい要した(笑))その間に忘れてしまうのが怖い.

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趣のある石碑.1131年建立だそうだ.ゴドーパリィン寺院もそのくらいであったし,12世紀がバガンの黄金時代だったのだろう.確かこの寺院の近くで昨日お金を両替したりいろいろと丁寧にしてくださったお二方に合う.二人も自転車で回っていた.

 

10時30分 シュエグーヂー寺院発

バガンのハイライト,アーナンダ寺院を目指す.

 

10時35分 アーナンダ寺院

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駐車場にはバスが大量に止まる.

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アーナンダ寺院入り口.正面の白い塔が門.奥に見える黄金の塔の中に仏像が安置されている.

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ほかの寺院に比べて重厚な造りだ.ほかの寺院には四方に入り口の門なんてなかった.よくよく考えると,四方に門があったり,部屋があったりするのはミャンマーの寺院の特徴な気がする.日本の寺院は基本入り口は基本一つだし(四方に合っても裏口みたいな扱い),大仏も基本正面に一体だ.構造的に左右上下対称というような要素は日本の寺院にはない気がする.スリランカの寺院もここまで左右上下対称という造りのものはなかったような気がする.

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入り口にも小さな像がある.スリランカではガードストーンってのが神聖な領域の前にはあったが,この像も同じように外からの悪者の侵入を防ぐみたいな意味で作られたんだろう.武器は持っていないが,強そうな雰囲気だしているし.

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入り口の像の先に進むとメインの仏像の手前に空間がある.この空間にも左右に中央の仏像を守るように像が配置されている.ヒンドゥー教の像のようなポーズをしている.その中央にいる像に行くまでのアーチがまた重厚だ.地球の歩き方によると東西南北に設置されている4つの9.5mの仏像のうち,南北の仏像が当時のものらしい.”入り口はおそらく北で,そこからまっすぐ進んできたので上の写真に写る仏像はおそらく北向きの仏像で建設当初(1090年)から存在するものだ(地球の歩き方情報)”と当時思い込んでいたが,実際はこの仏像は西の像であるようだ.

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像のアップ.なんとも言えない表情をしている.ライトアップされ,非常に荘厳に見える.この仏像の手前にも小さな仏像が3体鎮座している.また,仏像の背後の絵も美しい.(語彙力.荘厳と美しいばかりだ.)

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写真はぼけてしまっているが,東西南北の空間をつなぐ廊下の壁にも装飾がなされている.天井が高い.

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北の仏像.胸に手を当て祈るようなポーズをしている.これは建設当初の1090年からあるものだ.西の仏像の背後は絵であったが,この仏像の背後は彫刻のようになっている.

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北から東の仏像へ向かう廊下.壁に小さい空間があり,そこに小さいブッダが配置されている.少し暗い感じがノスタルジックな雰囲気を醸し出している.

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建設当初からある南の仏像.これは北の仏像と違い背面が彫刻ではなく絵画だ.ほかの仏像と比較して若干色が濃い,さびれた印象がある.観光客も少ない.

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南側の仏像の手前の空間.西側のそれと色合いが若干違うが,造りはほぼ同じか?

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東西南北を結ぶ廊下の壁.場所により装飾が異なるところが面白い.ここの廊下はどの方角の廊下かは忘れてしまったが,壁にはとにかく大量のブッタが鎮座している.(雑)

 

10時50分 アーナンダ寺院

シュエサンドーパゴダを目指す.1年以上前のことを記載しているため時間間隔は忘れてしまったが,バガンメインと言ってもよいアーナンダ寺院も15分程度ですべて見終わったことになる.一度オールドバガンの城壁周辺を離れ,南へ向かう.ニャウンウーとオールドバガンを結ぶ道路を横断した先は舗装されていない土の道を走る.

 

11時 シュエサンドーパゴダ着

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シュエサンドーパゴダは今までバガンで見てきた遺跡(寺院)と違い,パゴダ(仏塔)だ.そのため,仏像は配置されておらず,中に入るような構造にはなっていない.地球の歩き方によると,1057年建立の仏塔で,釈迦の遺髪が収められている.雄大である(バガンはほかの寺院も大きくて立派だが..).

入り口で靴を預けると近くに,店があり店の女の人がこちらを見てくる.入り口は一つしかないので,入るときはマークするだけで,出るときに声をかけられるようだ.

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パゴダのアップ.上述したように中には入る構造ではないので外を回り見学する.周囲は芝生も整備されており,きれいである.パゴダの周囲に階段が見えるが,近年までは観光客も登ることができ,サンセットポイントとして有名だったらしいが,バカな観光客が落下して死傷する事故が相次いだということで現在は封鎖されている.自分の会社のカナダ人の英会話講師は,バガンのパゴタの上で民主主義について演説したらミャンマー人は純粋だからみんな熱心に聞いていたなんてことを言っていたが,多分ここだろう(笑).何してんだ...

バガンは比較的フラットな土地に大量の遺跡があるので,上からの景色は非常に見ものだったと思えるので残念でならない.現在では周辺の丘か少し離れたバガンタワーに行くことでしか簡単にバガンを見下ろす方法はないのだそう.ほかにも気球から見る手もあるが,この気球3万円程するのでぼったくりとしか思えない.例えば,彼女や妻とパッケージツアーなどの多少贅沢な旅行をしている人であれば,払うことに躊躇するような金額ではないが,自分みたいな貧乏旅をしている人には払えない金額だ.3万円ではなく,3万チャットぐらい(2500円ぐらい)までさげてくれるのであれば乗りたかった(ドケチ).

と,シュエサンドーパゴダとは話題がずれてしまったが,シュエサンドーパゴダの敷地は中央のパゴダから30m四方程度のものでこれ以外見るものはないからこの周囲を一周して,外に出る.案の定,売り子から声をかけられるが,いらないのでNo thank youで一蹴する.

 

11時20分 シュエサンドーパゴダ発

地球の歩き方に載っていた,シュエサンドーパゴダの近くにあるはずのシィンビンターリャウンを探したが,見つからず未舗装の道を少し迷走する.

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シュエサンドーパゴダからみて正面の道を進むとたどり着く寺院.Google mapsでみたら,Law Ka Ou Shaungと書いてあった.パゴダでもなく,Templeでもないのか.

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上の写真の反対側.双子みたいなパゴダがかわいらしい.また,つつじみたいな花が鮮やかで素敵だ.

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シュエサンドーパゴダと,ロンジー姿の道を歩くミャンマー人.結局シュエサンドーパゴダの方へ戻る.

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今度はシュエサンドーパゴダからさらに南下する.周辺にはあまり人がいないので自転車を止めて鑑賞する.

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名もなき遺跡と旅人.
遺跡はレンガの赤色が美しく,それをより鮮明に見せのは雲の無い青空だ.旅人が小さく見える. 

しばらく撮影した後,当初の目的であった,シィンビンターリャウンを目指す.

 

11時50分 シィンビンターリャウン着 

結局シュエサンドーパゴダからすぐにあった.迷走したので結構もどった.

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シィンビンターリャウンは巨大な寝像だ.11世紀に造られたもので,18mあるらしい.こんなにでかいのに,1000年以上小さな小屋の中に格納されていてかわいそうだ.それとも以前は雨ざらしだったのか?入り口で子供が撮影するのにちょうどいい場所を教えてくれた.地元の子供で,ここで撮影場所を教えることで小遣い稼ぎをしているようだった.彼は各国のお札や小銭を見せてきた.日本のコインをくれって言われたが,ごめんねといい立ち去った.チップぐらいはあげてもよかったのかもしれない.

 

12時 シィンビンターリャウン発

ダマヤンジー寺院を目指す.ここまでで,地球の歩き方のオールドバガンハイライトMAPの博物館を除く遺跡はほとんど見終わったので,次のページのコースB大型寺院巡りコースに移行する(地球の歩き方(2019~2020)p131).このコースはなかなかハードなコースでこの後かなり道に迷った.そもそもが舗装されていない道なのかよくわからない道を行くコースであるため,わかりづらい(というような記載がよく見ると地球の歩き方にもあった.それを知らずに計画をしていた).スマホの調子が悪くてミャンマー来てからGPSが使えなかったのもその要因の一つであると思う.コースの途中に朝日夕日の穴場スポットとの記載がある,ニャンラパット・ポンドの丘があるが,特に夕暮れ時は自転車で来ないほうがいいと思う.日が暮れたら真っ暗で進む先もわからず死ぬほど怖いと思うから.それに加え近くにダマヤンジー寺院という心霊スポットもある(笑).

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シュエサンドーパゴダからダマヤンジー寺院に行く途中右手にMyauk Guniという結構立派な寺院があり道草を食う.

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Myauk Guniからみたダマヤンジー寺院.重厚感のあるレゴブロックみたいだ(表現が悪い).

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ダマヤンジー寺院の前で撮影.周囲にはダマヤンジー寺院以外無く,ポツリと立っている.

 

12時10分 ダマヤンジー寺院着

シュエサンドーパゴダからここまではすんなり来ることができた.

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正面の門はかなりでかいが,なんとなく不自然.地球の歩き方によるとこの寺院は兄弟を殺して無理やり王位に着いた王が,狂ったように建てた寺院であるらしく,完成する前に途中で王が死んでから未完成のまま残っているらしい.非常に興味深い寺院だ.スリランカのシーギリヤも同じような経緯で作られた王国跡だったと思う.権力者は罪を犯した後,何かでかくて奇抜なものを作ることによって罪を帳消しにしようとするのだろうか.寺院を作るということはそれが民のためになるということなのか?罪を帳消しするための名目だけ,邪念まみれの寺院でしかない.ただ,そのような邪念,狂気からあふれるパワーこそがダマヤンジー然り,シーギリヤ然り,歴史的価値,芸術に直結していることがなんともいない.芸術は爆発だという言葉がしっくり来る気がする.

造りはほかの寺院と同じであると思うが,寺院内の暗い廊下への光の指し方が,絶妙で怪しげな雰囲気を醸し出している.

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仏像が収められる予定だった空間?

地球の歩き方によると,未完成のままで本尊以外は収められていない個所も多く,将来仏像が収められるように作られた空間がたくさん残っているらしい.2年近く前のことを記載しているので,上の写真がその場所を意図して撮ったのかがわからなくて悲しい.装飾の感じからそんな感じがする.


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壁に描かれた僧侶の絵.なんとなく仙厓の絵みたいだ.

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珍しく2人の仏像が鎮座している.

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2体の仏像の裏には寝像が.

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寝相の拡大.繊細で美しい.いい表情をしている.

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なんとなく怪しい雰囲気がある廊下.

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ダマヤンジー寺院の廊下に映る自分の影.さすが心霊スポットなんとなく怖い.

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端正な仏像

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黄金の仏像と祈る人と女性 .

ダマヤンジー寺院の仏像は,普通の仏像のほかに2体一緒にいるものや黄金の仏像といった様々な種類があった.寺院を作った王の気合が感じられる.

 

12時40分 昼飯

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ダマヤンジー寺院の目の前の屋台で昼飯.ヤンゴン,ゴールデンパゴダ,エーヤワディー川下りの時はガイドと一緒に昼飯食べたし,マンダレーではタクシーの運ちゃんと飯を食べたので,なんだかんだこの旅に出てから初めて一人で英語の記載がない屋台に入った気がする.少し緊張したが,まだ10代であろう少年は真摯に対応してくれた.

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メニューはなく,取り合えずポークかチキンか聞かれただけだったので,ポークと答えたらめちゃくちゃ大量に出てきた.そしてこれは安くて非常に美味だった.(値段を覚えてないのが悲しい.)これ以降,屋台に慣れてしまいそこらへんに屋台があるとフラッと入ってしまうようになった.

よく東南アジアで生野菜は食べないほうがいいと言われているが,この時は平気で食べてしまった.腹が強ければそんなに当たることはないだろうと思う(タイでは思いっきり当たったが).メインは中央右のミャンマーカレー(ヒン)だが,それを取り囲むように大量のおかずが置かれている.おかずは全部日本人の口に合いそうなものであった.客は自分以外はいなくて,おいしそうに食べていたらおかずのお代わりをくれた.正直腹いっぱいだからいらなかったのだが,ありがたくいただき腹はパンパンに(笑).

 

13時 屋台出発

スラマニ寺院を目指し屋台を出発した.

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屋台のあるダマヤンジー寺院から北を目指す.特徴的な形のパゴダの方へ行く.写真左にはアーナンダ寺院の塔頂部が映る.

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先ほどの特徴的なパゴダ.なかなか大きい.ここの十字路で右に曲がる.

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パゴダ郡を横目に自転車をこぐ.

 

13時10分 スラマニ寺院着

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残念ながら改修中ではあるが,立派な寺院.写真に写るカップルの女性が美しい.モデルみたいな恰好をしている.

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寺院の中.造りはやはりほかの寺院と基本的に同じようだ.

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壁面に描かれた仏像.少し漫画のようなタッチだ.

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廊下の小さな黄金の仏像の隣には,ビルマ語で何か書かれている.いつ書かれたのだろうか.

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さらにその仏像の後ろには巨大な寝像の絵が描かれている.

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宇宙人みたいな顔だ.ほかにも数多くの絵画が壁面に描かれており,非常に面白い.

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仏像の横に描かれたブッダ

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荘厳な建築物と,その前に鎮座するブッダが描かれている.天国なのか理想郷なのか.いずれにしても美しいものだ.昔からずっとここに描かれたままの色褪せた絵画と,今咲き誇る鮮やかなお花の対比がなんとも言えない.花はすぐに散ってしまうからこんなに鮮やかで美しいのかと考えさせられる.

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今更ながら,ブッダの頭のとんがりは何なんだろう.仏塔はこのとんがりを示しているのか?

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ビルマ語?色褪せている.何が書かれているのだろう.

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像の絵.ミャンマーにも像はいるのか?ミャンマーでは像の絵はほとんど見なかったな.

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王と民?それともブッダと民?いずれにしてもブッダ以外の人が書かれているのは興味深い.日本でも平安鎌倉辺りの絵でこんな感じのものを見たことがある気がする.

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廊下.微妙な暗さが好きだ.

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外から撮影.たまたま太陽の光が神々しく映った.

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外の絵画.あまり見ないタイプの顔だ.インド人?いずれにせよ,悪者顔だ.

 

13時45分 スラマニ寺院発

ニャンラパット・ポンドの丘を目指して自転車を進める.人は閑散としているのに,ニャンラパット・ポンドの近くで少年が屋台を構えて水を売っている.自分が行くまで人はいなかったから椅子に座ってぼーっとしていたのだけど,自分を見つけるとすかさず近づいてきて,商売を始める.申し訳ないけど断った.しょんぼりとして帰っていく少年.ちゃんと学校とか行ってるのかなぁ.

 

13時50分 ニャンラパット・ポンドの丘着

ニャンラパット・ポンドの丘は丘と呼ぶには小さく,言ってしまえばちょっと大きめの近所の公園にある山レベルであった.人はほとんどおらず,自分が行く前にいた白人一人が自分と入れ替わりでいなくなった程度であった.

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パノラマカメラにて撮影.写真左の方に先ほどまでいたスラマニ寺院やダマヤンジー寺院などが映り,写真中央左に午前中に訪れたアーナンダ寺院やダビィニュ寺院などが映る.写真中央右はこれから訪れようとしているシュエズィーゴォンパヤー等が映り,写真右手にはバガンタワーが映る.バガンタワーは遠いと思っていたのにここから見ると結構すぐに行けそうに見える.ただ夕方までに,本当に行けるだろうか.明日の朝バガンを発ってしまう自分としてはどうしてもこの日のうちにバガンタワーに訪れて夕焼けを見たかった.
やっぱりこうやってみると本当にバガンは平たんだ.先ほどまで回ってきた遺跡群がほとんどこの小さな丘から目視できる.そして,地平を埋め尽くす遺跡群の多さよ.今でこそこんなに閑散としているこの辺りではあるが,昔は人でにぎわっていたのであろうか?

ニャンラパット・ポンドの丘は写真だけ撮影してすぐ後にする.ここからティーローミィンロー寺院を目指すのであるが,予想通り迷子になる.なんとなく方向はわかってるんだけどな...

 

名もない寺院にたどりつく.迷子になったついでに誰もいないから調子に乗って動画撮影してみる.

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客は自分一人.サンダルを脱ぎ,寺院へ入る.

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入り口の小さい門をくぐり中に入る.中は暗くて若干怖い.

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中に入ると一つ目の部屋があり,その先に仏像が見える.なんとなく,やせ細った感じの仏像か?

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仏像の正面までくる.思っていたような細々とした仏像ではなく,優しく美しい仏像だった.

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天井には光を取り込むための開口個所がある.こう撮ると仏像の顔が青白く恐ろしい.
お辞儀をして左へ進む.

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ぼけてしまったが,左を向くと開口と右側に隣の空間へ向かう廊下がある.

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右に曲がるとまた正面は開口である.その中央に仏像が鎮座する.

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二つ目の仏像.先ほどとはまた違った仏像で,表情もまた異なる.先ほどの仏像よりも力強そうだ.

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二つ目の仏像を過ぎる.構造は先ほどの仏像設置個所と同じで右側に廊下が続く.

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再びブッダのいる通り.

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三体目の仏像.最初の仏像の反対側にいる仏像になる.ポーズは最初の仏像と同じだが,表情はやはり最初の仏像とは違う.

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四つ目の仏像.二つ目の仏像と同じポーズ,表情をしているように思える.

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再び最初の仏像の前に来た.仏像に背を向けて,入り口を目指す.

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入り口の様子.自分のサンダルが映る.こんな小さな遺跡でも,他の寺院と同じように四方に仏像が鎮座していた.

 

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入り口にあった石碑.中国語と英語の記載がある.2005や,2009の記載があるので,比較的新しい寺院なのだろう.よく見ると,すべては読み取れないが2005年に復元された寺院であるようだ.また,シンガポール人が関わっていたようだ.

誰もいない遺跡で一人で動画撮影した後は,目的のティーローミィンロー寺院を目指した.

途中様々な遺跡を目にする.

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傾いた仏塔

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小規模だけど修復中である寺院

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フォルムが非常に美しい寺院

 

14時20分 Alodawpyae Pagoda着

そうこうしているうちに砂漠地帯を抜け,ニャウンウーに通じる道路へ出てくるが,やたら人が多い寺院があるので,そこに寄ってみる.後で名前を調べたら,Alodawpyae Pagodaと書いてあった.

 ここは,外国人観光客が少なくなぜか,ミャンマー人が非常に多かった.そしてものすごくにぎわっていた.ミャンマー人にご利益があるお寺なのか?

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寺院の建物の中は撮影禁止だ.だから何があったかは覚えていない.美しい仏像があったと思う(適当).

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建物の頂部は黄金だ.

ここではアイスが売っていた.あまりの暑さに挑戦してみようと思ったが,色がすごく奇抜だったのでやめておいた(笑).

 

地図で見たら,Alodawpyae Pagodaから目的のティーローミィンロー寺院は北方向に延びる1本道で行けるのでモデルコース通りの正しいルートを通っていたようであるが,当時は変なところに出てしまったと思い,再び迷子になる.

 

14時50分 Shwe Leik Too着

ティーローミィンロー寺院かと思って立ち寄った寺院.

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黄金の服をまとった像が印象的.ただし,写真からこの寺院がどこであるかを検索して調べたら,この寺院の同じ仏像でえんじ色の服を着た仏像が出てきた.つまり,以前はえんじ色の服であったが,最近金色に塗りなおされたようであった.

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この像もえんじ色の服を着ている写真がネットにあった.

 

15時 ティーローミィンロー寺院着

やっとのことでティーローミィンロー寺院にたどり着いた.いろいろと立ち寄ったこともあるが,地球の歩き方で自転車で15分と記載のあるニャンラパット・ポンドの丘~ティーローミィンロー寺院間を1時間かけてたどり着く.

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寺院の前で撮影.かなり大規模な寺院だ.

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内部の様子.ほかの寺院と比較してかなり洗練された印象があるが,実際先ほどまで訪れていた寺院のほとんどが12世紀建設であるのに対して,この寺院は13世紀建設だ.

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仏像は金色.仏像が座っている台座も立派なものだ.寄付箱に大量の寄付金が入れられている.さすがミャンマーブッダはなんだか眠そうだ.それでも永久に寝ることを許されていない.

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4体いる仏像のほかにも像が配置されている.これも黄金.

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地球の歩き方にもあるが,建物は2層になっている.登りたい.

 

15時15分 パヤーンガーズー寺院群(と思われる寺院)着

ティーローミィンロー寺院の隣の寺院群(と思われる寺院)を見学する.

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寺院群というだけあって多くの遺跡がある.

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まるで住宅みたいだ.

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一つだけかたーむく古い寺院だね.恋を夢見る頃~♪

替え歌は置いといて,窓の部分にそっと置かれた壺が好きだ.

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日本人も修復に寄付しているんだ.

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珍しい表情の仏像.妙に親しみを覚えるのはなぜだろう.

パヤーンガーズー寺院群では久々に日本人を見た.お母さんと旅している若い女性だった.なんで,こんな寺院を見に来たのだろう.この寺院群には緑の絵画があるらしいからそれを見に来たのだろうか.そういえば,見るの忘れたな.(ここが本当に地球の歩き方に載っているパヤーンガーズー寺院群だったのかは不明.)

 

15時30分 パヤーンガーズー寺院群(と思われる寺院)発

シュエズィーゴォンパヤーを目指し出発.宿があるニャウンウーの方向へ来た道を戻る.いい時間になってきた.夕日をバガンタワーで見るためにシュエズィーゴォンパヤーで時間調整しようと思った.

 

15時40分 シュエズィーゴォンパヤー着

シュエズィーゴォンパヤーへは非常に長い屋根付きの参道みたいなものがあるが,道路に面した入り口からは入らず参道の途中に自転車を止めてそこから入る.ほかの人もそうで,参道の最初の入り口部分から入る人はほぼいないと思われる.

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長い参道の入り口方向を撮影.誰もいない.整然と並んだ柱の上の壁にビルマ語で何か記載されていて,雰囲気が出ている.ここから写真とは反対方向の中心の方に進むと,露店の土産屋がたくさんあり,ミャンマーにしてはしつこい接客をしてくる.最初そこから入ったが,一度入り口の方に逆走してみた.

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仏塔の目の前になると人が多くなってくる.造りは入り口と変わらない.

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これが,シュエズィーゴォンパヤーだ!久々に見た黄金の巨大な仏塔.雲一つない空が藍色で,まるで宇宙に浮かんでいるかのようだ.ヤンゴンのシュエダゴンパヤー然り,バガンの仏塔群然り,どこも修復中で建物の周りが仮設で覆われていたが,シュエズィーゴォンパヤーはきれいな姿で出迎えてくれた.それだけに感動がでかい.

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仏塔の周りの装飾も美しい.ただ,シュエダゴンパヤーに比べると,仏塔の周りの道というか敷地が狭く,あまりに大きいシュエズィーゴォンパヤー全体を写真に収めるのに大分苦労した.

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仏塔以外の構造物も見事だ.数層からなる屋根がマンダレーの王宮でも見たような形だ.

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傾いてきた太陽とシュエズィーゴォンパヤー.立派なシルエットだなぁ.太陽がかなり傾いてきている.気持ちよくて日陰で休憩していたが,そろそろ行かなくてはいけない.どうしてもバガンの夕暮れをバガンタワーから見たいのだ.明日は早朝に出発してしまうので,夕日か朝日を見られるのはこの夕方がラストチャンスであった.足は自転車.ライトは着いていない.そしてミャンマーの片田舎の道路の街灯なんて期待できない.なにより犬が怖い.バガンタワーで夕日を眺め,日没前には宿に戻らなくてはいけなかった.

 

16時10分 シュエズィーゴォンパヤー発

バガンタワーを目指してシュエズィーゴォンパヤーを後にする.ここからは小説風に.

 

バガンの夕暮れ

 

 夕暮れの道,バガンタワーを目指して自転車をこいだ.空港行きの幹線道路.路肩は舗装の上に乾いた砂が堆積している.木陰はすでに暗い.だけど,熱帯特有の暑さが夕暮れになった今でも僕を包んでいる.自転車にはライトは着いていないし,道に街灯なんかない.日が暮れてしまったら当たり前だけど夜が来る.強く感じた.夕日と自転車の競争だ.僕はひたすら見えないタワーを目指して,くすんだミャンマーの夕暮れオレンジ色の道を進む.シュエサンドーパヤーからはずいぶん自転車をこいだはずだ.途中,ショートカットしようとして通ったゴルフ場近くの道では迷子になり,砂の道をふらふらと自転車で進んだ.日中ニャンラパット・ポンドの丘からはずいぶんバガンタワーは近くに見えたのに,これだけこいでもたどり着かないものか.夕暮れは人を不安にさせるからか,異国の地で突然ありもしない幻を目指しているような気分にさせられる.人がほとんどいない道端でたまたますれ違った一人の少女にタワーの場所を聞く.一日自転車をこぎ続けて真っ赤になった汗だくの外国人を不審に思うかもしれないがもうそんなことはどうでもいい.言葉は通じなくていい.心さえ通じれば.この道で間違いない.途中で右に曲がるようだが,結局どこかわからない.走り続けるしかないか.半ばやけくそで進むと,分岐があり直感的にそこを右折する.方向的にはあっているはずだ.道が長い.やたら坂が多い.息を切らしながら進むと,右手にやっと目指していたバガンタワーが現れる.乱開発で世界遺産の妨げになっていると言われる悪名高きバガンタワーが僕には神秘的に見えた.だってバガンの平地にポツンとそびえるタワーがこんなに間近に来ないと姿を現さないのだから.

 自転車を止め,タワーのエントランスに入る.入館料を払うとウェルカムドリンクなんてしゃれたもんだ.ぼろぼろの僕には不釣り合いと思って一気に飲み干す.単純に猛烈な暑さの中,自転車をこいできてのどが渇いていたのもある.エレベーターに乗り,タワーの展望台を目指す.展望台はすでに夕暮れのバガンを見ようとしている白人観光客でいっぱいだ.

f:id:yaseinoosamu:20200503181747j:plainそういえば,この日は2019年2回目の夕暮れだった.僕は背が低いのでよくは見渡せなかったが,そこには確かに低い角度から僕らをまっすぐに刺す夕日に同じく刺された,逆光で黒くなったバガンの遺跡群があった.

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オレンジ色のかすんだもやの中に浮かぶ無数の城であった.シュエサンドーパヤーはより黄金に輝いていた.

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日本から遠く離れたバガンの地で1000年近く前に築かれた遺跡群が今,まだ自分の眼下に存在していることを確かめて思わずため息が出る.写真を撮った.夕暮れのバガンを背景に舞っているかのような鳥が映った.

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みんな夕日が山の向こうに落ちるのを待っている.バガンの地平線に夕日が落ちる瞬間はどれだけ美しいだろうとは思うが,自転車で来た僕は一足先にエレベーターを降り,帰路に着く.僕は十分いいものを見た.

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行きとは違ってゆっくりとかみしめるように宿を目指して進んだ.さっきの少女にグッドのジェスチャー.思わずこぼれる笑顔に生きている喜び感じる.ニャウンウーの宿に着くころにはもうほとんど日は落ちていた.後ろから来る車ほとんどにクラクションの合図をされながら,にぎやかに宿へたどり着く.荷物を置いてからご飯を食べに夜のニャウンウーの町に繰り出す.ふと目に入り入った半分屋台のような食堂で英語メニューを求めるが無い.店員の少年にも英語はほとんど通じない.字は読めないし何が出てくるかわからないので,しょうがなくメニューに写真が載っていたものを指さして注文した.食も冒険だ.与えられたら受け入れよう.一日中自転車でバガンの遺跡群を巡りおなかが空いていたので,炒飯みたいなコメを食べたいと思って注文したつもりだったのだが,出てきたものはマメであった.

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バガンの夕暮れ 完

 

ということで,バガンタワーまではかなり苦労していった.方向的にここだろうと思って入ったところがゴルフ場で行き止まりであったり,砂の道で自転車が全然進まなかったり.そもそもバガンタワーに自転車で行く人はいないようだ(笑).シュエズィーゴォンパヤーを出たのが,16時10分頃だが,バガンタワーの展望台に着いたのは17時10分.途中で休憩したわけではないのに1時間近くかかってしまった.バガンタワーは確か,展望スペースが2階か3階あり,エレベーターでたどり着くところが,ガラス張りの展望室.

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こちらは空いているが,さすがにガラスだから写真を撮るとどうしても反射してしまう.その上に行くと屋外の展望デッキみたいな感じになっているんだっけな?とにかくここは人が多くて,ゆっくりは見られなかった.

やっぱりバガンの夕暮れは素晴らしい.バガンタワーから見る遺跡群は夕暮れの場合は逆光だから,朝日はオレンジ色に照らされてそれはそれでまた美しいんだろうなと思う.いつかまた来たい.

17時30分に20分程滞在したバガンタワーを去った.夕日が完全に落ちていなかったから帰る人はまだほとんどいなかったが,自分は自転車で来ていたので帰りの時間を考えると早めに帰るしかなかった.宿に帰るころにはすっかり暗くなって,早めに出てよかったと思った.

18時30分頃に夕飯.英語が通じずボディランゲージで豆を頼む.うまかったがあれはつまみだ.しょっぱかった(笑).夕飯を食べた後に宿の前の商店で酒とつまみを買う.すっかり黒くなったせいか,店主のおっさんにミャンマー語で金額言われて,は?って顔してたら,そうかそうか見たいな感じで電卓に金額入れて見せてくれた(笑).なんかほっこりした.

 

こうして書くと,かなり長い一日だったな.

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バガンでの一日(Google Maps 利用)

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オールドバガン詳細(Google Maps 利用)

 

初めての海外一人旅 ミャンマー5 ~エーヤワディー船旅~

2019年1月1日

4時30分頃起床

バガン行きの船のチェックインが6時であったため,新年早々4時過ぎに起床.この日は一日かけてマンダレーからバガンへ川を下り移動する日であった.当たり前だが,外はまだ暗い.

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用意を済ませて,ホテルのロビーに降りる.ホテルロビーは24時間対応とのことであるから,大丈夫だと思っていたのだが,受付には誰もおらず,その代わりにソファーで寝ている人がいる.受付に早朝なのでちょっと控えめの声で呼びかけても誰も出てこないし,寝てる人が宿泊客だったら申し訳ない(毛布をかぶっているので服がわからない),というビビり心もあり,一度部屋に戻り,部屋からロビーに電話を掛けた.電話を掛けると返事があったので再度ロビーに降りるとやはり先ほど寝ていた人がスタッフだった(笑).

朝早いのにすまんのぅと思いながらもチェックアウトの手続きを済ます.一通り終わった後に,今ようやくやっと夢からさめたように,若い男のスタッフが,

「Ah,Happy new year!」

と笑顔で言ってきて非常にかわいかった.自分としても,あまり気にかけていなったので,突然新年おめでとうと言われてびっくりしたが,彼に明けましておめでとうございますと伝えた.

 

5時10分ホテル発

タクシーを呼んでもらい,船着き場を目指す.

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なんだかんだトゥクトゥクタイプのタクシーは初めて乗った.ちょっと高かったが,チケット見せたら,周辺の人にここで合っているかを確認して,自分に船着き場を教えてくれた.

 

5時30分 船着き場着

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船着き場に止まる船.まだ暗いのでよく見えないが,少し坂を下り船の入り口まで行く.

自分が乗る船かどうかはわからないが,これしか止まっていないので,乗船してみることに.入り口でスタッフにすれ違ったが,軽く会釈したら止められなかったので,まぁ間違ってはいないのだろう.船の中は乗客らしき人はいないが,スタッフが何名か働いていたので,とりあえずチケットを見せたら,ここで待っててくれってことだったので,船内で待機.

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あまりいい写真はないが,船内の様子.

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チケットをよく見ると,出発は6時30分である.チェックインタイムの6時は6時からチェックイン開始って意味だったのだろう.この時点で5時30分だ.一人待機する乗客,完全にあほである.

6時を過ぎると,乗客が中に入ってくる.やはり欧米人ばかりだ.一組だけ日本人らしき人がいる.全員で20人ぐらいか.再度スタッフにチケットを見せる.ヤンゴンで喧嘩別れした旅行代理店で発行したチケットだったので腹いせに勝手にキャンセルされていないか不安だったが,さすがにそんなことはなく,新年早々ほっと肩をなでおろす.なんとかバガンまで行けそうだ.

 

乗客は乗ってくるなり荷物を置いてどこかに行ってしまう.どうやら船の2階の屋外席に行っているようであった.少し寒いが,自分も景色を見たいのでテラス席へ行く.

 

6時30分 出航

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まだ暗いエーヤワディー川を下る.

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初日の出がもうすぐそこまでやってきている.2019年最初の日の出.それを日本から遠く離れたミャンマーのエーヤワディー川の上で見ることになることになるとは...まぁ,1月1日以外に日の出を見る日なんて無いんだけど.

自然を見るツアーなどではよくあることであるが,出発して1,2時間ぐらいがこの川下りのハイライトとなる.日が高くすべてが見えてしまう日中よりも,暗さ故より生き物や自然の息遣いが感じられる夜や,待ち遠しかった日が昇り次第に周りが見えてくる期待感に満ちた早朝,そして再び日が沈んでしまう前の夕暮れに美しさを感じるものだ...なんて語ってみた.

そして確かに2019年初の早朝は静かに流れる大河エーヤワディーから見る今年最初の日の出への期待感と,日の出前から川面に映るミャンマーの大地,それを包む早朝の靄で非常に幻想的な景色を見たと言える.

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もうすぐだ.もうすぐだ.船上でみんなが朝日を待ち望んだ.

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そしてついに2019年の日の出だ.2019年1月1日6時50分.船上屋外席にて拍手が起こる.なんて美しい景色だ.この時間のために船旅をしてよかったとさえ思える.

ここでマンダレー側の日の出ばかりを見ていたが,反対方向へ目を移す.

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サガインの街並みだ.黄金のパゴダや仏教寺院が丘のふもとから頂上までいくつも存在しているのが見える.朝日を浴びて輝く建築物が美しい.

マンダレー周辺にはマンダレーに遷都される前に都だった都市が点在している.サガインもその一つで,地球の歩き方によると1760年から1764年までの短い期間都だった都市だ.古都という響きには非常に心をくすぐられる(というのはこの旅の一年後に行くことになるスリランカ地球の歩き方,古都キャンディの記載の引用だ.ちなみに言うとスリランカ地球の歩き方はかなりキザな文章が多いと思う.).今回は時間がなかったので行くことはできなかったが,いつかまた来た時はマンダレー周辺の町を楽しみたい.

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これがサガインヒルなのだろうか.朝もやの中淡く輝いて見えるサガインヒルの仏教建築物と,川面に映るさらに淡い影.夢のような美しさだ.

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さらに進むと黄金のブッダ.仏塔は金ぴかだが,仏像で金色に装飾されているのは初めて見た気がしなくもない.

そこからまたさらに進むと正面に見えるのは,インワ鉄橋だ.

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船に乗る人と,インワ鉄橋.一生この地で生きていくだろう彼らは世界中から旅人が集まったこの船をどうゆう目で見つめているのだろう.一心にこちらを見ている.船の横を通るとき彼らは手を振ってくれた.

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本当はミャンマーでは橋や空港など国の所有物を撮影するのは禁止らしい.民主化する前の名残がまだ残っている.そのうちそんなおかしなこともなくなるだろう.

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インワ鉄橋と変わった形のパゴダ.

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インワ鉄橋を振り返る.ここまでの朝もやの中見た美しい景色はまるで夢のようであった.

7時30分 朝飯

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落ち着いたところで,スタッフから朝飯が支給される.というか,セルフサービス..一度下の席に行ったが,誰もおらずみんな2Fテラス席にいる.写真がいきなり現実的になる.

 

この先しばらく,のどかな農村景色や草原が見える.

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草で作った人口の島?で作業をする人たち.

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小舟で釣り?をする人.

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小舟と,その奥の草原.

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こんなところにも鉄塔が.ミャンマーはびっくりするぐらい携帯の電波が届いてきている.のどかな景色と文明の利器にギャップを感じる.

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大きな木と,牛に車を引かせ農作業をする人.

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小さな村とその奥に見える黄金の仏塔.

こんな景色を眺めながら写真を撮ったり読書をしたりゆっくりと過ごした.すれ違う船からは現地人,観光客問わずみんな手を振っている.とても幸せな時間だ.途中で欧米人がカウントダウンを初めて,ハッピーニューイヤーって言ってた.そうか,ヨーロッパはまだだったのか.どこの人だったんだろう.

 

12時 一時休憩寄港

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観光ツアーではよくあるやつだ.途中の村により,お土産を買わせる時間.よく見ると船は結構ぎりぎりまで岸に着けるんだな.喫水は大丈夫なのだろうか...

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着いた村は小さな村だ.道路の真ん中で豚が寝ている.スタッフについて村を周る.

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こんな村にも小さい仏塔が.ミャンマー人は本当に敬虔な仏教徒で感服する.

村は陶器を作っている村であった.

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陶器の形を整える女性.

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陶器の説明をするスタッフ(左の水色のベストの人)と見学する乗客.

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干してある陶器.

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"Welcome to Yandabo"

どうやらヤンダボっていう村みたいだ.手作りの陶器がかわいい.

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現地人の家.人の家だったので近くで撮るのがはばかられたため映っていないが,家族の写真が飾ってあった.ここで生まれた子たちは一生ここにいるのであろうか.それとも,町に出て行ってしまうのだろうか.こんな村でも電波が届いていた.スマホを手にしたら街に出てしまうんだろうな.

 

13時 出航

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村の子供たちが見送ってくれた.彼が指差す先に何があるのだろう.ピントなどはさておき,我ながらいい瞬間を切り取れた気がする.

 

13時10分 昼飯

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出航してすぐ昼飯だ.チャーハンと焼きそばみたいなもの.セルフサービスだったので,ありがたく2杯目もいただいた.

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岸が崖になっている.朝は寒かったが,昼を過ぎた今一番暑い時間だ.疲れてエアコンの効いた1F席で休憩する人も多かったが,あえて屋外席の日のあたる椅子で本を読んだ.

すぐ近くに,日本人の2人組がいる.自分よりは一回り上ぐらい(30半ばぐらい)のカップルか夫婦.先ほどの村滞在の際に彼らが日本人だということが分かった.朝の幻想的な風景や楽しい船旅に夢中で忘れていた焦りが,昼過ぎに太陽に照らされたかのように急に思い出された.金欠なのだ.ミャンマーでは日本円からミャンマーチャットに交換できないので,ドルを用意しておかなくてはいけないのだが,ドルが切れてしまったのだ.当然ミャンマーチャットもバガン入域料(2万5千チャット)払うとすっからかんだ.彼らに何とか,日本円とミャンマーチャットを交換してもらうしかない...

そう思ってからしばらく動けずにいた.せっかく新年日本人のいない旅先に二人で出てきて,のんびりしているところに自分みたいな汚い日本人がいきなり金欠なので日本円とミャンマーチャットを交換してくださいとか言ってきたら,は?って思うかもしれない.しかもこの時自分は目をけがしていて,非常に醜い姿となっていた.

ただここで行かないと,バガンで後悔する.旅の恥は掻き捨てだ!そう心に強く言い聞かせ,チェアで寝ている彼らに話しかける.

「すみません,日本の方ですよね?大変お恥ずかしくて恐縮なのですが,ミャンマーチャットとドルを切らしてしまい,金欠なのです.調べたところバガンでは日本円からチャットに交換できなそうなので困っています.私は日本円なら持っていますので,もしよろしかったら日本円とチャットを交換していただけないでしょうか.」

男性は表情を変えずに言う.

「そうなんですか.僕らも今ミャンマーチャットが無いので,すぐに交換することはできません.もしよろしかったら,バガンで両替するのでそのあとでもよろしいでしょうか.バガンに着いたら一緒に両替所に行きましょう.」

男性はどちらかというと,さばさばした感じしゃべり方ではあったが,自分のためにわざわざ両替所に行ってくれるなど,非常に親切な方であった.女性の方はとても優しそうな方で終始心配そうにこちらを見ていた.本当に助かった.何とか,ミャンマーチャットは手に入りそうだ.これで入域料を払ってその先何もできずという状況は免れそうだ.

そして彼らが,やはり自分との交流を望んでなさそうであったので,話が終わると自分はすぐに自分のいた席に戻り平静を保っているように本を読み始めた.その手は少しであるが震えていた.安心と喜びによる興奮が理由であるが,ほんと何でもないことに緊張してしまうのは卒業したい.

船は進む.

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チェアとエーヤワディー川.日差しがきつい.

 

16時 パコックー橋通過

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また大きな橋が見えた.後で調べたらパコックー橋というらしい.

大分,日も落ちて一日の終わりをかすかに感じ始める時間になった.

さらに一時間後,日中暑かった太陽が夕日になった.

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誰もがバガンに近づいたことを感じ始めてまた全員が,テラス席に出てきた.

 

17時10分 久々に仏塔が見え思わず写真を撮る.

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日の出前から乗ってきた旅もそろそろ終了だ.

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夕日とバガンの遺跡の影.

 

17時30分 バガン到着

11時間の船旅であった.船は一切揺れることはなく,快適な旅だった.朝焼けから夕暮れまで船に揺られていた.

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バガンの船着き場にて

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これが乗ってきた船だ.11時間,楽しい時間をありがとう!

船を降りると船着き場にはすでにタクシー運転手がたくさん待機しており,声をかけてくる.”レイター”とだけ答え,まだ船から降りていない先ほどの二人を待つ.先ほどの二人に再度感謝を告げ,タクシーで一緒に街に向かおうとするが,ここのタクシー明らかにぼったくりだ.男性の方が,一歩も譲らず値段交渉している.すごい.彼と値段交渉しているタクシー運転手は江口と書かれたジャージを着ていた.多分日本の中学校のジャージのお古だろう(笑).江口さんと彼の交渉は決裂し,とりあえず街の入り口まで歩くこととする.ちょっと歩くと,入域料を払う施設があったので,とりあえず2万5千チャット(日本円だと2000円弱)払う.これで一文無しだ!ここでチャイニーズ?と聞かれる,初めてだ.すぐちかくでタクシーを捕まえ,両替所を目指す.自分の泊まるところは安宿街でバガンの入り口であるニャウンウーという村だったが,彼らの宿はバガンの奥のニューバガンの方であった.ニャウンウーは彼らの通り道であるので,両替所に行った後,自分の宿まで送ってもらえることになった.ほんと至れり尽くせりだ.ありがたい.名前を聞くと,二人とも名字が違っていた気がしたので,お仕事の仲間ですか?と聞くとそうでもないというので,これ以上は触れないでおいた.

 

今となっては,よく覚えていないが彼らが損するぐらいのレートでお金を交換してくれた.さらに,タクシー代は払わなくていいよと言っていただき,本当に恐縮した.後で感謝がしたくて別れ際に連絡先を渡してタクシー降りたが,特に連絡はない.とても素敵な方々であった.自分もそうゆうことができる人になりたい.

 

18時30分頃 宿着

インワモーテルという宿だ.両替所からすぐそばにあり,本当に町の入り口って感じのところにあった.宿に荷物を置き,飯を食いに行く.

歩いて5分ほどのところにレストランがあったので入る.おすすめは?って聞くとココナッツ好きですか?って言われたので,ココナッツカレーを食べることに.おじさんの店員だったが,ミャンマー人男性って本当に人当たりがよい.言葉,雰囲気がやわらかい.

 

19時 夕飯

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すごくおいしかった.量も適量(先週スリランカに行った後だから思う.)!

帰り際近くの小さな商店による.

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楽しいのつきひ??

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上のやつは買わないで(笑),ヒマワリの種をあげたつまみとビールを買う.

晩酌ビールで幸せな2019年を感じた.

この二日後に,飛行機でヤンゴンに帰ることになるのであるが,その途中で飛行機がマンダレーとヘーホーというところを経由した.その時,バガンマンダレー間は一瞬であり非常に驚いたのだ.地図を見てみると直線距離150kmしかない.時間に余裕が無い人はこの距離に一日をかけるというと無駄なことに感じると思う.ただ,そんなことは思えないくらい素敵な時間だった.日本で大河を下り旅行なんてできるだろうか.大河を下り旅をするというミャンマーならではのロマンあふれる素敵な旅することができてよかった.

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この日の移動.船旅75$.若干ぼられている(笑).